ガラガラガラガラガラガラ……
その日の世田谷三軒茶屋キャロットタワー、生活工房のフロアには、
耳をつんざく雷鳴のようなものが行き来した。
こめかみの奥にさしこんでいく、「雷鳴」。
その正体は、高さ3.5メートルの巨大な可動壁を転がしていく音だった。
『みっける365日』の成果を広く御覧に入れるための、大展覧会が、すぐだった。
1月13日(土)『みっける365日』ゼミ最終回
晴れ、7℃
「さあそれでは、ゼミごとに展示場所をみっけましょう」
どんどん新しく手作りされる会場模型を、お盆のように抱いた北川貴好が号令する。
『みっける365日』ゼミ、最終回。全体としての、本当の本当のラスト活動。
展示プランを胸にいだくゼミ生それぞれが図面を握り、
ワークショップルームを飛び出していく。
探偵には、このアクションの中でみっけたことがある。
会場プランニングのため、日を替え、幾度もたんねんに繰り返されてきた、可動壁の仮置き。
人の力でガラガラガラ……と地鳴りを起こしながらそびえ立つ、一枚ずつの「壁」が、
ただ空っぽな、白くて広かっただけの空間を、とてもマジカルな「部屋」に変えるのだと。
前回までの各ゼミの意向を汲んで、北川貴好が練りあげた設計図と、会場プラン。
ことばによってプレゼンされた各ゼミのテーマを、立体的な展示空間の構成に化けさせる。
さかのぼるのなら。それは、「ことばが立体に変わる瞬間」だった。
限りある空間面積や、可動壁の数、ゼミの人数、テーマ性、プラン、明暗、動線、ドキドキ。
多くのファクター目的を併存させつつ、究極的には展示作品に関心を集中させる「縁の下」。
それが会場プランニングというものではないか──。
「別フロアからは雷が落ちたみたいに聞こえるんですよ」と生活工房のサトウ氏が語る、
ひっきりなしのガラガラガラ……の嵐のなか。
立体化されてゆく展覧会を、確かなバイブスとして感じたのは、
みっける探偵のわたしも、ゼミ生たちと同じかもしれない。
探偵は、北川貴好の模型と現場テストに随行し、その詳細を調査した。
そして──。
現場を調査した結果、「北川の企図したであろう会場プラン」を、以下のように解釈する。
前回の報告書に記載した、各アーティストの発言と対照していただきたい。
北川貴好ゼミの会場プラン
核となるテーマは、シェアハウス。ゼミ生5部屋となる同面積の隣り合わせ空間を、
建て込みの段ボール壁と梁、屋根で構成していく。キッチン、廊下をコモンスペースに。
青山悟ゼミの会場プラン
ゼミ生それぞれの個人性を尊重する「一人一ブース」。
ねらいは「みっける」方式を、どストレートに表現すること。大きな壁面を一人ずつに。
キュンチョメゼミの会場プラン
空間のスキマや暗所を積極的にガンガン使っていく。
ゼミ生の個性と方針の尖りかたを発揮させる、大胆でいて遊びを感じさせる空間使い。
タノタイガゼミの会場プラン
テーマは「みんなのリビングルーム」。
ゼミ生4人には、目に見える仕切りが不要。包みこむような広々とした空間。
求心的なワンルーム、ひとつ空間の要所ずつをゼミ生それぞれが担当していく。
ゼミ生それぞれ、アーティストそれぞれが現場をテストした結果、模型もどんどん変化する。
立体視された展示空間を実感したゼミ生たちが、ずるっと真剣なまなざしに変化する。
残された時間で制作や展示方法について、主体的に問うていく。
もうゼミ活動としての時間はない。最終回だ。
ここからは個人の制作に移り、設営、搬入、と現実のカレンダーが進んでいく。
どうしたことだろう、探偵は。
最終回のこの日。「閉じる」「終わる」はずの最終回に。
おびただしい数の「起立するもの」「始まるもの」をみっけていた。
「嬉しいんですよね、なんか、人生って感じがして」
「ああ、始まるんだな~、って」
ゼミ生の声がした。
空間が起立した。
ゼミ生の出展者としてのリアリティが起立した。
ゼミ生が作家としての覚悟を抱くさまが起立した。
アーティストたちの、構成者としての役割が起立した。
そして、かかわるすべての人々の心意気のようなものが、起立したのだと思えている。
最終回に起立するもの。それは、ほら貝をふく出陣式のようなものだった。
『みっける365日』ゼミ、最終回。
終わりこそが、その始まり。
※ このお話は実話を基にしたフィクションです。
【著者略歴】
森田幸江(もりたゆきえ)
アメリカ大使館ライター、学芸単行本、カルチャー系雑誌編集、電子書籍シリーズ編集などに従事するフリーランス著述者/編集者。コミック原作、小説、取材構成などの打席にも立つ。1979年生まれ、日本女子大学文学部卒、右投げ右打ち、贔屓球団は広島東洋カープ(年間40試合を現地観戦)。
「みっける365日」展──アーティストと探す「人生の1%」
http://www.setagaya-ldc.net/program/393/