『ぐるりのこと』梨木香歩(新潮文庫)


撮影:生活工房

 

 

 「私は自分が具体的な天国イメージをもっていないことに気づく。そこはね、場所というよりも、状態、かなあ、私の場合。穏やかな、心の、状態」

梨木香歩さんが『ぐるりのこと』P29で書いたこの文章が、約10年間フリーランスで活動していた私の指針の一つでした。特定の場所はなくても、たとえばイベントによって天国は作れるし、どこに行かなくても、自分の心次第で今ここに天国は作れる。それで満足していたつもりでしたが、友人から誘われたことをきっかけに、本屋&ギャラリー&カフェを始めることにしました。                 

状態でとどまることがとても難しい社会です。溢れる情報、無駄をなくす効率化。善か悪か、是か否かなどと簡単に二分化できないはずのものの境界が際立たせられ、お前はどっちだと判断を迫られる。ゆっくり考える時間もないから、大きな声に流されてしまう。

足を止めてひと息つける場所が必要だと思いました。この場所があることで、ここで過ごす人の心に少しでも天国が生まれたら。

梨木さんが同書で書いた「他者の視点を、皮膚一枚下の自分の内で同時進行形で起きている世界として、客観的に捉えていく感覚を、意識的なわざとして自分のものにする」訓練をするための場所として、本を売り、その本を読むためのカフェを作ろうと考えたのです。

「ああ、違う。この考え方の方向は違う。しかも性急すぎる。」と梨木さんは書きます。苦悩し、迷う。考える努力を放棄しない梨木さんに、立ち止まる勇気をもらえる一冊です。

 

個人の生と時代の生をいかに往還するか。同テーマとして、梨木さんの『春になったら苺を摘みに』『渡りの足跡』(ともに新潮文庫)もオススメ。 撮影:生活工房


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熊谷充紘(くまがい・みつひろ)

愛知県生まれ。2011年3月11日がそれまで勤めていた会社の最終出社日で、翌日からフリーランスに。ignition galleryという屋号で特定の場所を持たずに展示やイベントの企画を全国で行う。2020年の4月〜6月にかけた自粛期間に柴崎友香『宇宙の日』、バリー・ユアグロー/柴田元幸訳『ボッティチェリ 疫病の時代の寓話』を刊行。以降出版活動も行う。2022年3月11日に三軒茶屋で本屋&ギャラリー&カフェ『twililight』をオープン。

*twililightでは、働くことや仕事をテーマにセレクトされた本や「どう?就活 vol. 2」のゲストがおすすめする本などを一部取り扱っています。



セミナー
どう?就活 自分と仕事の出会い方 vol. 2
https://www.setagaya-ldc.net/program/547/

会期:2022年12月3日(土)・4日(日)

ファシリテーター:西村佳哲(働き方研究家)
ゲスト:今井紀明(認定NPO法人D×P理事長)、さこうもみ(社会起業家)、吉倉理紗子・白石宏子・玉置純子・青木佑子(株式会社スティルウォーター)、松山剛己(松山油脂株式会社) *順不同